美術館に出掛ける
- Megumi Karasawa
- 1月13日
- 読了時間: 5分
更新日:1月14日
埼玉県立美術館「没後30年 木下佳通代」展
某日、埼玉県立美術館で開催中の「没後30年 木下佳通代」展に行ってきた
木下佳通代は1939年兵庫県に生まれ1960年代から関西を中心に活動し1981年にはドイツで個展を開催し1994年55歳でこの世を去った
展覧会の詳細を伝えたくこれらの作品を後にどう言語化するか考えながら鑑賞した
作品を丁寧に見、キャプションを参考にしながら自分の作品制作と比較しながら重なるところを探す
そうすることでアーティストが作品で何を顕し何をしたかったのか知ることができるかもしれない
作品に向かい自分の問題に変換しながら共通する箇所を探し自分に作品を引き寄せたのだった
前回のブログで「毎日自分の顔を観察する」学生時代の課題について書いた、少し長いが引用する
毎日自分の顔を見る。というシンプルなことの中にあるもの
「つくる」ことを前提に顔をみれば「つくる」ために何らかの「変化」を探してしまうのではないだろうか
プライミング効果のように毎日違うものが現れるはずだ。という先行思考(刺激)が入ることなしにつくることを形成する基準を持ちたいという意識を捨てている
顔面の表情の変化
それを顕す以外に、どんなことを像に刻み彫ることができただろうか…ゆっくりと微細に動き変化するものがあると解っているとしたら…?
表情ではなく生命を維持するための基本的な運動、基本的な循環、内部で起きていること、このことは表面に顕れるかどうか、一秒一秒をデッサンしたジャコメッティしか思いつかない
Megumi Karasawa『呆然』思いつき 2025、1月12日
以上に書いたことを深堀りし根気よく丁寧に分析し簡潔な作品があった
<<Untitled>>(1976年)※12/3ー12/15展示という写真作品
ちなみにこの作品の展示期間が過ぎていたため実際は見れず、図録によって作品の存在を知った
木下氏の自画像<<Untitled>>(1976年)は自分自身の正面立像を定点観測した写真作品である
撮影日時の異なる8枚の写真(全身を8等分している)をひとつの全身像としてコラージュし「記録」と見えない自分を捉えながら人は自分自身をみる視野を持てないことを顕している
写真に映るアーティスト本人は一見するとほぼ変わらず立っているように見える、いや立っているのだ
アーティスト本人の外面は時間の推移で変化することはない
客観的な視点で写し取る自動シャッターは他者の視点とも異なる、先行思考(刺激)を持たない状態の生身の本人を映しだしながら他者によって見られていない姿をも顕す
写真というメディアで可能である誰でもない視点によって記録するとき、わたし自身の内部で動いているものは映り得ないのだろうかときになったのだ、外面は内部と対応せずにいるのかということ
シャッターがいつ切られようとも「わたし」自身は変わらない。のではなく変わり続けている。からである
カメラが「記録」するものとは何だろかと考えてしまった
またわたしたちが自分自身を見る視野を持てない、というのは本当のことだろうか
見ることは外面のことだけを言うのであろうか、物理的にはわたしは自分の背中をみることはできないが鏡に映せば見えるしカメラで撮ればみれる、「目視」できる範囲を広げたということだ
カメラが映した記録は自分自身で在るのか、自分という容れものを示した静物なのだろうか
そんな問いをもたらす作品であった
木下氏は1970年代にコンセプチュアルな作品を精力的に発表し中でも1977年に制作されたコンパスを使った一連の作品を含む76年から80年までの写真作品はドイツのハイデルベルク・クンストフェラインで個展を開催することになり注目を集めた
その後コンセプチュアルな仕事に抑圧を感じペインティングの仕事に移行する
コンセプチュアル・アートの対義語はフォーマリズムとなるが、氏の仕事もそちらに傾いていったように思われる
作品が自分の問題に変換でき共通する箇所を探し作品を引き寄せられた実感が持てたのはアーティストが生きた時代を幼少時のわたしも生きてきたからだ
1980年代~1990年代、共通の時代背景があるからかもしれない
同じ時代の空気が通底した中で作品を見、2000年代から現在に至るまでのアートシーンの目まぐるしいスタイルの多様化を改めて想った
スタイルや表現方法が異なってもアートが問題にすることコンセプトはそう変わらない
「境界」「身体性」「存在の概念、存在の本質、存在の問い」「視覚」「認識」「生命」「精神」「見る」
現代アートの分析は他の分野によって幅広く位置づけられるようになったことを踏まえると、キャンバスの仕事の前のコンセプチュアルな作品が今も気高さと美しさを持ちわたしたちに「みる」という認識のレイヤーをザラついた感触のある紙に提示した作品に謎を見出し謎に深入する視座を与える仕事として特に際立つのだ
「没後30年 木下佳通代」展
2024年10月12日(土)~ 2025年1月13日(月)
埼玉県立美術館
開館時間10:00ー17:30
観覧料:一般1000円

「美術館に出掛ける」を読んでくれてありがとうございます
木下佳通代展はコンセプチュアルな作品制作の後で自らの手を動かして仕事をするキャンバスの作品に移行する過程で時代背景と作家本人の欲求の重なりを見た
同じ会場に異なる表現の作品が並び時代の移り変わりから2025年現在のアートがどのような歩みを辿ったかを知ることとなった
これほど現代に直結し直近の表現を目撃できた展覧会もない、作品が今作られたような新鮮さを保っていたし、わかりやすさも感じたのだった
今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように
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