能力がない。
才能がない。
天賦の才能がない。
仕事場とカフェの往復のみで
だれにもあわない。
ネガティブでマニアック。
人々の要求や
作品への期待もなしに仕事をしている。
何ももたらさない。
急ぐことは何の役にも立たない。
自分ができることは欲しない。
どうやったらいいかわからないと絶望している。
♥♥♥
こういう人が近くにいたら?
現今の風潮からすると
「ありえない」でしょう。
♥♥♥
彼は言い訳をしているのだ。
そう思い込んでいるだけだ。
この人から遠い席に移動するかもしれないし、
近寄りがたいために人は離れていく?
でしょうか。
♥♥♥
これは20世紀を代表する彫刻家
アルベルト・ジャコメッティ
の言葉です。
♥♥♥
彼は、
毎日毎日このようなことを言いながら仕事をしていました。
頭を抱え、絶望し途方に暮れる。
なすすべがないと放心する。
一緒にいるだけでこちらの気分が滅入るような言葉や態度。
そう言うにも関わらず、
当時から世界的な名声を得、作品が高額で売買される人気作家でした。
(彼はそれらを得ようと意図してパリに出てきたのでしょうか。
あらゆる野心とあらゆる希望を持って)
ジャコメッティも
ほとんどの画家と同じように、
最初は食うや食わずの
貧乏暮らし
をしていました。
弟と共同で借りたアトリエで家具を作る仕事をしながら糊口を凌ぎ、
生活困窮との狭間で
制作や芸術に真摯に向き合っていました。
※その期間は非常に重要で、一度どん底を味わうのが、近道ではないか?
というようなことも言っています。
名声を得て人気作家になってからも、
貧乏暮らしのような、
浮浪者のような生活をしていたといいます。
2着しかない上着(ジャケット)と、
穴の開いたズボン。
穴を隠すようにいつもカフェでは壁側に座ったと言います。
※仕事に使っていた椅子に長時間座っていたために開いた穴でした。
♥♥♥
彼は仕事の鬼、
怪物のようだったといいます。
これといった人以外の面会は断り仕事に全集中し没頭しました。
格闘しながら「創造」に捧げました。
ここでいう「創造」は破壊です。
一度積み上げたものを壊し、
再度積み上げては壊し、
破壊と試作を繰り返し、
「終わりのない仕事」
をしていました。
毎日8時間以上ぶっ通して。
筆を握る力が尽きるまで。
一枚のタブローに最低6カ月、
あるいはそれ以上かけました。
少しの前進と大きな後退を繰り返し、
絶え間なく作品に向かっていたのです。
♥♥♥
彼のモデルを務めた日本人哲学者の矢内原伊作は、
この彫刻家との会話を一冊の本にまとめています。
そこでさきのような言葉を吐き、
薄暗いアトリエで仕事をし、
深夜一度の食事(コーヒーとゆでたまご2個)
でおなかを満たし、
永延と一枚のタブローにモデルを描き続けました。
当時から、この姿勢は稀で、
人々には時代遅れのような制作と映っていました。
アブストラクト(抽象絵画)が流行り、
ピカソやシャガールが大きい作品や大きい仕事をしていました。
'主観を捨てて自然を忠実に模写するかわりに、
ひたすら主観を表現しようとする’※1
作品が多い中で、
具象絵画は古臭い姿勢でした。
♥♥♥
しかし、
誰よりも「現実」にこだわり、
「見えるものを見えるとおりに描く」
ということを徹底して行いました。
シンプルな信条です。
♥♥♥
わたしたちは絵を描くとき
何かしらの知識やフィルターを通してそれらしく描こうとするものです。
ある時は「様式」
ある時は「技巧」
ある時は「○○風に」
ある時は「時代に呼応するように」
彼は
理知的に描く。
概念的に描く。
ということに
疑問を投げかけます。
♥♥♥
「野生の目」で描く。
あるいは、
「裸の目」で身の回りを見てみる。
ジャコメッティはそれを行いました。
そしてそれが生涯の仕事になりました。
17歳でこの作家に出会って以来、
この人・この作品以上の衝撃と感動を得た作家はいません。
作品は、彼が生きた時代、
第二次世界大戦を思い起こすような
凄まじいインパクトと死を感じさせます。
廃墟と破壊と、痛ましさ。
人間そのものの存在をこれほどつよく、
深く真正面から感じさせるものはありません。
♥♥♥
作品や制作に彷徨い、
これで良いのか方向が見えなくなったとき、
わたしはジャコメッティという原点に還ります。
(私淑する存在にしてはあまりに偉大です)
これが芸術の力というか、
恒久的な存在としてそこに在るのです。
時に流され、狂わされないものとして、
指針を打ち立てているのです。
芸術が一過性ではなく、
人の生きる光になっていると感じます。
とても大切なことです。
ジャコメッティの時間の単位は
「数千年」
でありました。
’絵画にせよ、彫刻にせよ、
本当の芸術はどこまでも続けていくことのできるものなのだ’※2
数千年。
その単位で芸術を捉えていたのです。
わたしも成長し、大人になり、子に恵まれ、母になり、制作を継続しています。
この状況に感謝をしています。
だからこそ、あえて現今の風潮から逸脱し、時計の針ではない時間軸で仕事をする必要があるのではないかと、考えるようになりました。
芸術というものが、永い永い「時ーとき」に研磨され摩耗せずに残っているならば、
こちらに真に語りかけてくるものがあるでしょう、それは人の心のそれぞれに何かを宿すはずです。目、体、心に深く静かに感動と美をもたらすのだと。
作家が心血注いで一秒一秒を刻むことなしに、そのような感動と美は生まれません。
ジャコメッティに今一度立ち返り、そのような事を頭のなかに浮遊させ、深呼吸して写生します。
芸術は、時を射る。
【参考図書】
※1矢内原伊作 ジャコメッティ
宇佐見英治 武田昭彦 編
みすず書房〔1996/4/20 第一版発行 1999/6/25 第3版発行〕
※2 矢内原伊作 ジャコメッティ
宇佐見英治 武田昭彦 編
みすず書房〔1996/4/20 第一版発行 1999/6/25 第3版発行〕
MegumiKarasawa .engraver
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