top of page

仕事を支える読書:自由を愛した北欧の風ートーベ・ヤンソンの生涯「LOBRA ET AMA」ー


現代アーティストMegumi Karasawa の毎日更新するBlog。制作に行き詰まるとめくりたくなる本があります。偉大なアーティストの生涯を描いた評伝です。現在開催中の「ムーミン」展、作者のトーベ・ヤンソンについてブログに綴りました。
トーベは島を愛し、喧噪から逃れるために海辺で過ごした。

個展に向けて、毎日カンヴァスと向き合う日々が続いています。

忍耐と我慢、そして集中力が試される、ほとんど変わり映えのない日々。そんな私の微力ながらも確実な支えとなっているものがあります。それは、読書です。


今日は作業進捗の話ではなく、最近読み終えたトーベ・ヤンソンの評伝から、私自身の創作活動に深く通じる学びを得たことについてお話ししたいと思います。



トーベ・ヤンソン評伝との出会い


近所にある図書館で偶然手に取ったのは、厚さ4.5cm、620ページ超のトーベ・ヤンソンの評伝でした。


何かどっしりとした読み応えのある本を読みたかった私にとって、一人の芸術家の誕生から終わりまでを書いた評伝はうってつけでした。


言わずと知れた世界的な知名度を誇る「ムーミン」の作者であり、画家、小説家、劇作家、放送作家でもあるトーベ・ヤンソン。多方面での活躍を、もはや知らない人はいないのではないでしょうか。


評伝を読み進める中で、私自身も知らなかったトーベの姿に触れました。彼女が画家として名を馳せたかったこと、ムーミンの巨大ビジネスに対する嫌悪感と義務に苛まれていたこと、二度の戦争を経験したことで家族や家庭に対する先進的な考え方を持っていたこと。そして、仕事への情熱と厳しさ、質と量への妥協のなさを感じました。



「ムーミン」の陰に隠れた画家としての顔


世界的な知名度を誇る「ムーミン」の作者、トーベ・ヤンソン。


彼女は画家、小説家、劇作家と多才な顔を持ちますが、中でも画家としての活動を最も重要視していました。

しかし、ムーミンの爆発的な成功は、彼女の画家としてのキャリアを次第にムーミンの陰に隠してしまうことになります。父に「これが芸術か」と評されたというエピソードが残るように、「ムーミンの作者」というレッテルは、芸術家としてのアイデンティティを確立しようとする彼女に大きな葛藤を生んだのです。


彼女の絵画作品は、ムーミンの挿絵に見られる緻密なタッチだけでなく、より内省的で陰鬱な雰囲気を持つ肖像画、二度の戦争を経た後の政治風刺画、そして晩年に移行した抽象画まで、多岐にわたります。


トーベが生きた20世紀初頭の北欧で、女性が画家として独立し、生計を立てることは容易ではありませんでした。彼女は社会の期待に甘んじることなく、静かに抵抗し、自身の内面を絵画で表現し続けました。



女性アーティストの生涯を追う


評伝を読んで特に胸を打たれたのは、当時の女性アーティストとしてのトーベが置かれていた状況でした。


20世紀初頭の北欧は、男女平等が進んでいたとはいえ、女性が画家として独立し、生計を立てることは容易ではありませんでした。トーベは、画家としての評価と「ムーミン」という大衆的な仕事の間で常に葛藤し続けました。


彼女は、女性の役割が家庭に限定されていた時代に、自身のセクシュアリティを隠すことなく、女性パートナーと暮らし、創作活動に没頭しました。その生き方は、単なる画家の生涯を超えて、当時の社会規範に対する静かで力強い抵抗でした。


1947年トーベが蔵書票に記した言葉がある。この芸術家の生涯を最もよく表す重要な言葉だ。


「LABORA ET AMORE」つまり

「LABORA ET AMA」

「働け、そして愛せよ」


「大衆芸術」と「純粋芸術」の間の葛藤


評伝を読み、初めて知り驚いたことがあります。

トーベがムーミンの巨大なビジネスを深く嫌悪していたことでした。

それは、ムーミンが「大衆芸術」として消費されることと、彼女が目指した「純粋芸術」との間にあった深い溝にあります。


ムーミンビジネスは、彼女に経済的な安定と国際的な名声をもたらしましたが、その代償はあまりにも大きかったのです。商業的な要請に追われ、本来、画家としての内面的な探求に使うべき時間やエネルギーを奪われました。


私は自分のカンヴァスに興味が持てず、手を動かすのが嫌になるとき、この評伝をめくってはまた制作を再開しています。トーベの生涯を丁寧に綴った文章に触れると、心がふっと軽くなるのを感じるからです。


筆を取らない年月や、描けない時期は、偉大な画家にも必ずあったのだということを知りました。私たちは作品を、作者がとてもいい精神状態のときに書かれた幸せなものとして鑑賞しがちですが、作者本人の精神状態や心の機微は、いつでも朗らかというわけではありません。

ただ、筆を持ち、画面に没入して生み出すものが、自分の意志を超えて美しく、豊かで、幸福な気分を紡ぐのだと、私はこの本から教わりました。作家の内奥を必ずしも映し出すという訳ではありません。



現在開催中、原画に会えるチャンス!



現在、六本木ヒルズ森タワー3階の森アーツセンターギャラリーでは、『トーベとムーミン~とっておきのものを探しに~』が開催されています。


ムーミン作品の原画はもちろん、画家としての彼女の絵画作品も多数展示されているとのことです。評伝を読んで彼女の人生を知った今、実際に作品を目の前にしたとき、きっと新しい発見があるだろうと楽しみにしています。


個展の準備が一段落したら、ぜひ足を運んでみたいと思っています。

もし行かれる方がいらっしゃいましたら、ぜひ感想を教えてくださいね。

コメント


bottom of page