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美術館に出掛ける#3 ルドンの光

更新日:6月18日


パナソニック汐留美術館「オディロン・ルドンー光の夢、影の輝き」展


ルドン展が素晴らしかったので、いつもより多く記事を書いている

記事の最後におまけつき

パナソニック汐留美術館が他の美術館と異なる感動的な点を

実際に見たエピソードと一緒に紹介したいとおもう


今回三回目となる記事はレオナルド・ダ・ヴィンチやルドンの光について考えてみたい

前回の記事でキーフレーズとなるのはこちら↓


ルドンが今現在に描いているにも関わらず

経年劣化のような色彩の剥奪や色彩の不透明さを感じるのだ

とても古い時代の作品のように見えてくる

作品が永続的であり、後世に残されたものであるかのような

発掘された古代の遺跡としての絵画であるような

イコン…

Megumi Karasawa 『美術館に出掛ける#2ルドンの赤』2025.5.8

作品を実際に見るとパステル画や油彩画は古い時代に描かれたような風合いや質感を感じた

古い時代に発掘されたイコンのようだった

どうしてそんな風に見えるのだろうか

その感じがどこから来ているかを探るために

ルドンの幼少時代を遡ってみた


ルドンは一八四〇年、裕福な両親の元、フランス・ボルドーに生を受けた

生まれながらに病弱だったルドンはボルドー市中より五十キロメートル離れた田舎ペイルルバードの葡萄栽培園の叔父に預けられた

都会とは隔離された場所で自然豊かで人影少ない土地で暮らしたルドンは

一生を通じて大きな影響を受けたと語っている

また子どものころ暗がりがすきだったと話している

暗がりに身を潜ませると不思議な深い喜びを感じたという

このような幼少期の生活環境から原初的で中世的なものや

原始的で地方性への傾斜が育まれた


レオナルド・ダ・ヴィンチ、スフマート技法


一九世紀後半から二十世紀初頭には世界中の民族や文化や情報や動植物が流入し

非ヨーロッパ圏の社会が紹介された

ルネサンス以来の遠近法やスフマート技法などの西欧の伝統的絵画を疑問視する芸術家が増え

新しい視覚や造形性が模索されるようになった

ルドンはレオナルド・ダ・ヴィンチのスフマート技法を絶賛し

彼らと並走しながら相反する絵画を追求した

だからかルドン作品の赤い色がレオナルドの赤チョークを連想したのだった


ルドンは幼少期から田舎の自然豊かな生活で自らの感性を育ててきた

師事した版画家や画家から影響を受け古典的なものを志向した

ルドン作品から受ける中世的で古典的な要素は

幼少期の環境や若い頃に出会った芸術家や師事した版画家からの影響がある

同時代の絵画的主流や画家への理解と批判から形成されたものである


流派に属さず、固定した様式に身を委ねず並走しながら独自の芸術を作り上げた

黒の時代から色彩の時代へ

文学的な芸術から音楽的な芸術にフェーズを変えて夢と人生を描き出したのだった




ルドンは版画や木炭画の紙の色にもこだわりがあった

淡黄や淡褐色、赤や青の繊維の入った紙を使っている

色彩のひとつとして紙の色を認識していたと思われる

インクの黒、色味の異なる木炭を使い分けながら

相対する光として紙の色を捉えていたのだろう

黒の世界にぼんやり差す光の諧調を紙の色で調光する

インクと木炭、紙の調和が想像の世界へ導く重要なグラデーションをつくりだしている


黒の時代で紙の地の色を生かしながら

黒一色ではない色を目に見えるようにしたルドン

それと同じアプローチを色彩でも試したのだろう

ルドン作品に象徴的に使われる赤い色は光を表現している

赤い色は光であり、感情であり想像した世界に顕れる色なのだ


光と影と人生


ルドンの活躍した時期は印象派と重なる

ルドンは印象派を理解しつつも足りないものを指摘している

印象派に足りないものこそ

ルドンが目指す芸術やビジョン(Vision)であった


印象派は自分の眼を通して自分の見たものを光によって描き表した

戸外の大気の光の表現だけでなく影も描かねばならない

表面的な美しさだけでなく絵画には思想や意味を込める必要があると考えるルドンは明暗が不可欠だった

自らの内面や感情や思想によってつくられた想像の世界を顕すには

現実世界の形象を緻密に素描しなければならなかった

目に見えない奥深い世界を色彩で表現する

自らのビジョンや精神性、感情を表現するために色彩があり

永続的な作品を後世に残すために良い色があった


明暗は人生を表現し、人生を表現するには明暗が必要だったのだ



♦参考文献

展覧会図録「PARALLEL MODE オディロン・ルドン 光りの夢、影の輝き」,二〇二四


2025年4月12日(土)~ 2025年6月22日(日)

パナソニック汐留美術館

開館時間10:00ー18:00

観覧料:一般1,200円


「オディオン・ルドンー光の夢、影の輝き」展  2025年4月12日(土)~ 2025年6月22日(日)  パナソニック汐留美術館を観に行く
パナソニック汐留美術館「オディオン・ルドンー光の夢、影の輝き」展

「美術館に出掛ける」を読んでくれてありがとうございます


ルドン展が素晴らしかったので、記事を三回にわけて書いてきた

実際に作品を観ながらメモを取り帰宅して資料(図録)を読んだ

会場で感じた率直な感想が資料にあたるとつながり作品の理解が深くなる

絵を観た第一印象、第二印象はその場でメモしておくと役に立つ!


おまけ


最後に今回訪れたパナソニック汐留美術館について是非とも付け加えたいことがある

それは子どもに嬉しい美術館。ということ


ルドン展に子ども連れで観に来ている女性がいた

子どもたちはまだ幼く静かに絵を鑑賞できる年齢ではなかった

小学生の低学年だろうか、子どもたちは忙しなく会場内をウロウロしていた

もしたしたら作品に触れたり

ぶつかったりしかねないような溌剌として元気な子どもたちだった


そのうちのひとりの子どもがルドンの花の絵をじっと見ていた

学芸員の方が声を掛けた


「絵を描くのがすきですか?」

「はい」


子どもが答えると学芸員は

クリップボード(用箋挟)に白い紙を挟み、ペグシル(簡易鉛筆)を渡してあげた

子どもは嬉しくなってソファに座ると夢中でルドンの花瓶の絵を描き始めた


子どもの様子を気にしながら絵を観ていた女性は子どもたちの姿がないのに気付いた

やけに静かだ、どこに行ったんだろう…

心配になり会場奥まで行くと驚きの光景を目にした

ウロウロと落ち着きなかった子どもたちが静かに、お行儀よくソファに座っている

近づいてみるとなんと絵を描いていたのだ!


紙とクリップボードとペグシル…

(子どもたちにとって)退屈な芸術鑑賞に出現した三種の神器

貸してくれた学芸員の御心遣いに感謝した

女性は感動していた


わたしもいくつかの美術館をみてきたが

このような場面に出会ったことがない

学芸員は大抵子どもが騒いだり、走り回ったり手を触れないように注意喚起することがほとんどだ

それが仕事であるのだが、いくら注意をしたところで子どもは聞かない

それが紙とペンを持たせるだけでいいという

鑑賞者の迷惑になることもない

子どもたちは一言も発せず自分の絵に没入する

作品に囲まれて創造力が刺激される

いいことばかりでないか!

思いも寄らない配慮の中に、子どもの特性を上手に活かしたアイディアに脱帽した


もし親子で芸術鑑賞したいけれど無理だと諦めている方

子どもがぐずったり、騒いだりしないか心配で鑑賞を迷っている親御さん

集中して絵を観たい親御さん

大丈夫です

親子で芸術鑑賞できます


どんな美術館でもペグシルとクリップボードを借してくれます

それをお子さんに持たせてあげてください

走り回ったり喋ったり、すぐに飽きてしまうことなく一人で黙々と絵を描き始めます

展示作品を描いたり

自分の好きな絵を描きながら落ち着いた時間を過ごします


芸術鑑賞が楽しい創造的な場であるように

美術館がまた行きたくなる場になるように

子どもたちにあたたかく

やさしい配慮を見せてくれた

パナソニック汐留美術館がだいすきになった


今日もおつかれさまでした

明日も安全で素晴らしい一日になりますように


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