四十代
- Megumi Karasawa
- 3月12日
- 読了時間: 4分
更新日:3月16日
最初の個展
一九四十年から一九七十年ニューヨークで活躍したアーティスト・画商・批評家・建築家・映画監督・コレクターにインタビューした本を読み始めた
・アーシル・ゴーキー(Arshile Gorky,1904-1948)四十歳
・フランツ・クライン(Franz Kline,1910-1962)四十歳
・リー・クラズナー(Lee Krasner,1908-1984)四十二歳
・ウィリアム・デ・クーニング(Willem de Kooning, 1904- 1997)四十四歳
・モーリス・ルイス(Morris Louis Bernstein,1912-1962)四十四歳
・バーネット・ニューマン(Barnett Newman,1905年 - 1970年)四十五歳
・マーク・ロスコ(Mark Rothko,1903-1970)三八歳
・ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock,1912 - 1956)三十一歳
彼らの年齢は何を意味するでしょうか
こたえは最初の個展を開いた年齢だ
彼らの世代のほとんどが四十代で初めて個展を開いたのだという
デ・クーニングやニューマンが四十代でデビューしたとき観衆はほとんどいなかったそうだ
ましてニューヨークにはギャラリーと呼ぶような空間が圧倒的に少なかったのだ
一九四〇年~のニューヨークは現代と異なる時代背景があった
現代の年齢感覚からすると四十代で初個展というのは遅く感じるのだが、どうだろう
SNSが圧倒的な影響力を持つ現在では十代や二十代から個展を開くことは珍しくない
小学生や未就学児も周囲のサポートとインパクトがあれば展覧会を開くことは可能だ
専門的に芸術を学んだかどうか、美大や専門の学校を卒業したとか関係なくユニークな経歴だったり(話題性があるような)本人の意志と戦略、インパクトある作品であれば個展を開くことはできる
年齢に関係なくできることになった
仮想空間にだって展示空間は広がっている
絵を描くことはいつからでも始められるし展示空間は大きく開かれている
二〇二一年十一月に世田谷美術館で開催された展覧会は七十歳で絵を描きはじめ八十歳で初めての個展を開いたアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(Anna Mary Robertson Moses,1860- 1961)の生誕百六十年を記念した展覧会だった
「始めるのに遅すぎることはない」という言葉を象徴する生き方を紹介した展覧会だった※
(※生誕160年記念グランマ・モーゼス展素敵な100年人生 開催概要より)
わたしは大学を卒業した翌年に初めて個展を開いた
この様子は以前のブログに書いたことがある(→10年かけて出発点に舞い戻る)
二十代で個展を開いたとき右も左もわからず作品のようなものを展示した
当時わたしは十年後、二十年後の自分の姿なんて想像することはなかった
どんな作家になりたいか、どんな作品をつくっていたいか、長い目で見ること広い視野でキャリアを構築することなぞできなかった
紆余曲折しながら細々と続けた制作と作品とキャリアに特筆すべきものはない
年齢だけが精確に時を刻みキャリアは乏しい
四十代は決して新人ではないしかと言って重鎮でもない中間に位置する
会社で言えばベテラン社員、管理職、中堅社員といったところだ
描き始めたキャンバスがある
キャンバスに描くわたしがいる
いま描いていることが続いていく
新たなキャリアにむけて長い目で見る
これからとこれまでに漠然と想いを馳せたのだった
「四十代」を読んでくれてありがとうございます
ブログでも何度か四十代という年齢について記事を書いてきた
更年期、ミッドライフクライシス、体調の変化、気持ちの上下など三十代と比べると深刻になった
考えすぎるとしんどくなるので意識を散らすようにしていた
その反面四十代は働き盛りでピークを迎える、というようなことも言われたことがある
歳を重ねるとわかることがあるのだろうが渦中にいると気付けない
もうひとつ、四十代になって顕著になったのはこれまでの歩みを振り返って過度に感傷的になったり反省したり後悔したりすることが多くなった
自分がした数々の選択のハイライトが「これで良かったのか?」と突きつける
自分が何者かわからなくなってしまう時もある
わたしは誰なんだろうという思春期のような問いが頭を真っ白にさせるのだ
四十代を抜けたらどうなるのだろうか
不惑?不惑、不惑…
今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように
冷たい雨がやんでいますように
コメント