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蜘蛛の糸

とある出来事があり夜眠れなくなったのだった

ひどく不安になり自分が自分を放棄するような鬱っぽい気分に苛まれ「ヤバい」と感じた

ひとり、ふたり、友人の顔を思い出し彼女たちに連絡をしたくなった、人に相談したい、慰めて欲しい、話をただ聞いてほしい、理解と共感を求めて…自分の個人的な取るに足らない問題で彼女たちの大切な時間を奪っていいのかどうか…冷静に考えて寸でのところで留まった

その後わたしがどのような思考を経て今に至るかについて記そうとおもう

これは個人的な体験である

メンタルが落ちて今にも崩壊しそう「ヤバい」と感じたときどうやって持ちこたえるか、何が蜘蛛の糸になって自分を這い上がらせるかについて考察することである

わたしは二年前精神的クライシスを経験した

その期間を知っているから同じ状況に陥らないよう生きてきた

ブログというプラットフォームで「精神的に落ちたとき自分を救ったもの」を書ける場がある

記さない手はない

さあ行こう


中心を見るな


自分の辛い経験から物事からどんな状況に陥っても中心を見てはいけない。ということを学んだ

物事の中心にあるのは「何もない」ということ、空白・穴・暗闇である

グラウンドゼロ 9/11メモリアル(Ground Zero 9/11 Memorial)をイメージしてほしい、しとしとと流れる水は中心の真っ黒の穴に収斂する、雫となって底に落ちる

その穴を覗いてはいけないということだ、その穴の中に入ってはいけない

精神的に困難な場合や普段の日常生活に至るまで、そこにつながる道はそこここにある

ふと肩の力を落としたとき、山場が過ぎたとき、キレイな空を見た時もその穴はすぐ隣にあるものだ

覗きこむと一気に吸い込まれてしまう闇

物事の中心にあるのは何も「ない」

このことをまず認識する

自分がそこからどれくらい近い場所にいるか、離れているかを確認し「できるだけ遠くそこから離れる」という問題に入ろう

自分が何に対して恐れを抱き不安に駆られダメージを受けているか大元を知る

するとほとんどの場合、他者の問題に突き当たる


・・・憑依を’オンテ’と言いますが我々はオンテされて動いている他者の方にイニシアチブがあるんだというわけです。どんどん他者につながり他者に対する責任、つらさを無限に引き受け共有する。ある意味で僕の本はそういう’引き受けすぎ’を「接続過剰」と呼び注意を喚起した。

「接続」というとネットのつながりを焦点に当てて読まれがちですし、もちろんそれもあるのですがそういう他者論の背景を念頭に置いています

ー千葉雅也『思弁的実在論と現代について 千葉雅也対談集』青土社、二〇二八年、p155



哲学から思考法へ、思考法から哲学へ


「他者論」を調べた

哲学者レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906- 1995)の「他者論」

他者とは分かり合えない者、理解できない者というニュアンスで用いていることを知る

他者はなかなか分かり合えぬ相手。という前提を知ると他者を理解できないという苦しみより、そもそもそういうものだよね。に変化し状況が開ける

他者の見ているものと自分の見ているものは違う

だからこそ見方の異なる他者から新たな視点や学びを得る可能性があるということだ

レヴィナスは他に「顔」「イリヤ」というキーワードがある

現実生活でわたしが壁に突き当たる「他者との関係」を個人的な領域で悶々とするのでなく哲学の世界に放り投げて考えてみることが有効だった

哲学が問題にしていることは実生活の問題に深く関わっている

この時点でほとんど苦しみから解かれたわたしは精神分析の分野に目を向けた

他者と自分との距離に対して考えたかったからだ

対人距離について知る、このことは人間関係を良好にし社会適応に必要だ

重要視するのは自分の安全基地を育てる技術を身に付けること

それから自分の特質に合ったメンタル維持にどんなことを試したらいいかをもう一度知る

一連の過程でわたしのメンタルは蜘蛛の糸を掴むように這い上がったのだった


自分の考えと文章を整理するときは思考法を用いたらいい

考えの根拠や自分の思考の癖を正す

修得には時間がかかるだろうがそれもいいではないか


さあここまでくると自分の問題が普遍的な哲学的問題とつながることを知るだろう

自分と向き合い自分で考え立ち上がる、これが大事なのだ

学ぶことはいかに自分を守り深め救い正すことだろう

個人的経験や物事から受けたその時の感情に流されず、そこから問題を掘り起こし考えを深める

「悲しい、辛い、痛い、苦しい」情動にフォーカスして嘆くだけで終わらせない

その大元を知り多角的に論理的に考え簡単に放棄しない

パニックのときは一元的なものの見方をしている場合がほとんどだ

自分を律し立脚点を持つ

持っていないなら持つために何度でも学ぶのだ


森羅万象の因果を解明し、科学を発達させてきた原動力は、「どうなっているか知りたい。」「どうしても知りたい。」という人間の情熱と執着心なのである。

波頭亮『思考・論理・分析「正しく考え、正しく分かること」の理論と実践』産業能率大学出版、二〇〇四年、p236



「蜘蛛の糸」を読んでくれてありがとうございます


自分で自分を導くために多くの時間を他者に委ねてしまわぬよう気を付ける

自分で考えて自分と向き合うことを何より優先する、自分を律し立脚点を持つ

今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように…

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