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補足 :まなざしと差異

更新日:1月23日

木下佳通代展より


1970年代は作品に芸術以外のことをできるだけ持ち込まないよう純度の高いコンセプチュアルな写真作品を多く手がけ「存在とは何か」を問い続けた

「存在も存在しないものもすべては等価である」※1というステートメントの元に作品を制作した

晩年には存在そのものを描くキャンバスの仕事に収斂していく


木下の73年の<<Untitled/む38(花時計)>>は10組からなる写真作品である

知人10人が神戸駅前の花時計を撮影した写真(花時計のクローズアップ)と各撮影者を遠景から撮影した写真の二枚を一組にした組写真である

それぞれが撮影する位置は同じである

時計が示す時刻に多少のズレはあるものの撮影した写真はどれも同じにみえる

花時計という存在は撮影者によって変化することはない

写真を撮った人物を遠景から撮影した写真は「誰が」撮影したかを記録する役目を果たしている

撮影した者を更に撮影することを連続させてしまわないようにする枠組みでもある

見ているものは同じだがその認識は異なる、という個々の内側にある見えないものを示唆する

「まなざし」と「差異(異なる人物であるということ)」を一組にしながら同一線上の出来事として扱いみることによって見えていない部分を明るみに出そうと努める

そのとき視野と認識は写真からその抒情性を取り除きあくまで記録に徹するのだ


参考文献、カタログ

※1『没後30年 木下佳通代』KAZUYO KINOSHITA A Retrospective,赤々舎,2024


 

補足したいこと

>レヴィナスの現象学

・私と他我ー空間的対象の認識を成立させるために互いに融合する

>見えていない部分を明るみに出そうと努める→だから何?(この作品が世界にとってなぜ重要か?)

・存在するものとのかかわり

・共通する世界を構成する

追記1.23

>ルネ・マグリット(René François Ghislain Magritte, 1898 -1967)『複製禁止(エドワード・ジェームスの肖像)』(1937)

・〈わたし〉には見えないもの(=自分に背中)を見る他者

・他者の位置について(正面・背面)



まなざしと差異/木下佳通代<<Untitled/む38(花時計)>>作品説明
まなざしと差異/木下佳通代<<Untitled/む38(花時計)>>

「補足:まなざしと差異 」を読んでくれてありがとうございます


書いた文章がぼやけている

自分が書いていて煮え切らない、肝心なことがわからない

日を改めて読んでみて「で、何?」という一番大事なところに言及していない

この文章を読だあとから始めた文章が読みたいのだ

それ以上を知りたいとおもっているのに作品の結論「で、何?」(だから何?)にこたえられない

どう作品をみればいいかわからない、どう文章にしていいかわからない、どう組み立てていいかわからない、「わかならない」ことだらけ

修正しやり直します…繰り返します

今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように

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