くるくる
- Megumi Karasawa
- 2月20日
- 読了時間: 3分
新しい世代
わたしの交友関係は広くはない
狭いほうだとおもう
交友関係に変化があったのは去年の5月頃だろうか
バドミントンサークルに入り新しい年代と接する機会が増えたのだ
以前は同世代か上の世代と関わることが多く下の世代との交流はほぼなかった
わたしのSNSも大体自分より少し上か或いは20歳以上うえの世代の人が作品をみてくれる
短く振り返ると上の世代を見上げてばかりいた半生だったようにおもう
わたしも年齢を重ねた
実感するのは多分若いんだろうなという方と話すとき口調や言葉選びに、リアクションやテンションにを見たときだ、気を遣われたり遠慮されるときにも年齢を感じることがある
自分を見上げる下の世代の視線に気付いたときハッとする
健康でいられる年代を80歳までとすると上からも下からも丁度中間の位置にいるわたし
下の世代から見られているという視線を無視していた
どんな姿に見られていたのだろうか
上の世代から学んだこと受け取ったことは何だったか
学びたいと思う姿だっただろうか
あういう風になりたいと思う大人の姿だったか
目標となる人物だったか
同じことを下の世代がわたしに問う日が来る
描いてる絵やブログがこれからの世代の方が見たらどうおもうか意識したことはない
だからこれからの世代や特に同性代の人たちに向けて描きたいとおもうようになった
きっかけは冒頭に戻るが新しい世代との交流を通して自分の世代とは何だったのか意識したからだ
同世代の女性の環境や状況に対して自分が何らかの形でエンパワーメントできる作品を描きたい
自分に近くて自分の分身のような他者である女性性(性別的な女性とは別の認識である女性性)に向けて絵を描きたい
女性の書いた小説やエッセイを読んだときや友人知人と会話したときに感じる諦めるしかない辛さや各々の役割と責任の強さと脆弱さに胸が痛くなるときがある
心から同情し共振することが多くなった
上を見上げることから水平方向に目を向ける、垂直方向に回転する
直線ではなく前後左右、斜めに移動する
精神分析学や心理学関係の本をいくつか読んだとき根底にあるのは社会構造やひずみ制度に翻弄された結果として人間の姿だった
精神疾患や意識されない愛着障害は母親と子、父親と子との関係をつくる家族構造の変化=社会構造の変化につながっていた
社会のありようを根源的に問うと人間という地下茎がある
取り留めない内容になってしまった
新しい世代と関わると意識されなかったことに目が向いたということを言いたかったのです
女性であることや女性性なるものは、作品やドローイングでほとんど意識することはなかったが、いま読んでいる本や友人と接する機会があってこのブログを書いた次第
今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように
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