ロスト・ペインティング#5
- Megumi Karasawa
- 4月10日
- 読了時間: 4分
更新日:4月12日
フー・アム・アイ?/わたしは誰
正午ぴったりに地下にある野外スペースから濃い霧が発生した
二年前に亡くなった国内外で活躍した世界的アーティストの作品だ
微風に吹かれて霧はうねりながら天を舞う
霧は次第に強くなり攻撃性を含みはじめる
ここに集う人々に少なからず恐怖を与えたのだ
視界を奪う
見ようとすればするほど見えないことにかき消されてしまう
きゃっきゃきゃっきゃと声がする
子どもははしゃぐ
はしゃぎながら霧の中を勇敢に進む
彼らはいつでも好奇心と冒険心と共に生きている
スマホを片手に写真や動画を撮るのは現代人の条件反射的な行為である
とりあえずパシャリ
霧の中で撮った写真は白い靄と灰色の人影だけだった
想像したより面白味のない写真
幻想的な写真にするには演出が必要だったんだと後で買った図録をめくりながら、おもう
写真には映らなかったものがある
白い靄に呼吸が苦しくなったこと
災害や戦争を想像し恐怖を感じたこと
身体が硬直したこと
動きを拘束されたこと
自分の存在が揺らいだこと
ある時間を過ぎると霧は噴出をやめた
何ごともなかったように霧がはれる
しかし身体に刻まれた体験は何ごともなかったと言えなかった
白いいろが持つ暴力を知ったのだ
自分の存在が揺ぎ不安定になる足元
霧と音と光の幻想を楽しむこともできず
逃げようと歩き回ることもできず
立ち尽くしてしまったことに、怯えた
二月、
キャンバスのメインカラーは白とする
白は記憶を喪失する様
思い出せない
言葉が出ない
存在の揺らぎ
恐怖
忘却の象徴
いつからか時が止まったかのように成長と成熟のピークは頭打ちになり
以後、同じような道を行ったり来たりしている
歳を取る感覚も歳を取った実感もなく、鏡に映る自分の姿を見る暇なく家事に追われた
去年から髪に白いものを見つけるようになった
以前より増える白髪に衰えや老いをはじめて意識する
一本、二本、三本、四本…
そういえば顔のシミや顔色の黒ずみ
目を疑う外見の変化
外見の変化は心理に小さく深く影響する
黒い色が成長と成熟につながる若々しい生命エネルギーの象徴だとしたら、白い色は老いや衰退につながる縮小の象徴になるだろう
わたしが好んで黒い色で制作していたとき精神的なタフさに憧れ肉体的な健康は精神力で維持できるものだとおもっていた
弱さや脆弱さ繊細さを克服するように力任せに黒を用いたことを隠しはしない
黒い色を使って記憶は呼び覚ませるものだと力任せに扉をこじ開けた
力のあるもの
勇敢なもの
鼓舞するもの
情熱的なもの
掻き立てるものを作品にぶつける
情熱の炎で火傷するような、迫りくる圧倒的な力を持つ色を味方に自分自身に念じた
つよくなる
つよくなりたい
一種の暴力として黒を使ったのだ
チューブから白くどろりとした絵具を直接キャンバスに絞る
白い色が他の色を呑み込み素地に戻す
描いたものを塗り潰す無効
取り戻せない消去という名の暴力
だんだんと白くなる
靄に包まれる
成熟をピークに衰え喪失する時間
一抹の情さえ奪い去る白い恐怖
ただただ、怯えた
フー・アム・アイ
わたしは誰
わたしを喪失する白い、いろ

「ロスト・ペインティング#5」を読んでくれてありがとうございます
作品に手をいれながら突然、言葉が浮かんだのだった
言葉というか問いというか、ワンセンテンスを発した
「フー・アム・アイ」
わたしは誰
友人と話していたときもヒントがあったのに気付かなかった
ブログで四回ステートメントにつながる文章を書いていても見つからなかった
絵を描いている本質的な動機が掴めなかった
けれど「フー・アム・アイ」が出てきた瞬間これしかないとおもった
タイトルにするしかない強くて本質的な問いだ
言葉が出てきて一気に方向性がはっきりとしてきたのではないだろうか
今日もおつかれさまでした
明日も素晴らしい日になりますように
Comments