問題と自分自身をわける
- Megumi Karasawa
- 2月9日
- 読了時間: 3分
人生100年だと考えて80年までは心身ともに辛うじて元気でいられたらいいなという願望も含めて寿命について考える
わたしはその半分を通過し残り40年を切ったのだがこの先の時間をどう生きるかということに再び想いを巡らせている、再びというのは以前にも同じことを考えていたからだ
(→2024年7月10日人生80年!?で育った世代のリスキリング、セルフイメージ、セルフケアについて。)
どう生きたいか、どう生きるかを生活の中で時々考えるのは人生と共に在る寿命と自分自身の問題を切り離したいときである
問題そのものを良く解決したいとき目的はどこに繋がるかと言えばどう生きたいか、どう生きるかに収斂する
もっとわかりやすく伝えられたらいいのにと思いながら書いている
自分が問題解決にあたるとき目的は生きる喜びや楽しさに向かって進む選択をしたいということだ
例えば問題とは人間関係であったり作品であるときでもわたしがダメだから人間関係も作品もダメなのだ、と考えてしまいがちなのだ
そうではなく問題そのものにフォーカスすることを放棄しない。ということを声を大にして言いたい
例えば作品をつくる自分のポテンシャルに限界があることは承知している
それを承知の上で諦めず粘り強く果敢に修正し改善する気質と忍耐と探求心を失わず続ける
なければ培う努力
問題=自分。に向かうことではないということを知って欲しい
自分に根本的な原因がある。と考えていても問題は解決しない
いつまでたっても解決しない
問題を解決するには問題そのものを自分と切り離して考える訓練にあるけれどこれは足りているのだろうか
わたしが躓くポイントはほとんと同じ箇所にある
ブログにする前に紙に書いていたら下記の一文が出てきた
✔私という人間は生きていけるけれど私の作品は生きてはいけないだろう
自分自身と作品を切り離して作品の問題に果敢に挑まないと作品はあってもなくてもいいものになってしまう、問題を放置したら絵を描く行為も作品もどうでも良いものになってしまう
絵を描く行為=芸術。というわかりやすい構図がとっくに崩壊したアートの中で現代アートが提起する問題の大うねりを前に呆然と立ち尽くす
作品をどう生かすか作品がどのように生きるかを自分の人生とは別で考えないとならない
なぜ描くか、描く動機に現代との関わりとどう生きるかを反映する
絵を描いているから芸術と関わっているとは言えず、絵を描きながら、絵を描くことに問題を抱えている
問題そのものが自分にあると思い込み先に進めなくなる
問題と自分自身を分けることから始める
「私という人間は生きていけるけれど私の作品は生きてはいけないだろう」を読んでくれてありがとうございます
某日、久しぶりにある方と電話で会話をした
自分の考えを伝えて相手の声で応答があるやりとりは大事なことだと実感する
特にデリケートな話題のときは尚更だ
チャットというのは便利なツールかもしれないけれど、重要性の度合いや人の心情の浅深を文字から適切に汲み取ることは高度な技術を伴うことなのだ
自分はそれがうまくできているとは思えないし誤ることがあるとわかっているから、その方が電話をかけてきてくれたお心遣いはありがたいことだった
物事の何らかの判断をするときに、未練があって煮え切らない迷いを抱えながらの判断であることがほとんどで、心情が滲むとき相手への配慮とやさしさを忘れたくない。と決めている
冗長なブログになってしまった
今日もおつかれさまでした
明日からの一週間、体調に心配り素晴らしい日になりますように
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