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ロスト・ペインティング#2

更新日:3月23日

揺らぎの最中


新しいモチーフを描き始めて五週間が経った

そろそろステートメントをまとめようと過去の記事を参照している

以下二つの記事は初期のステートメント・メモだ

メモを起点に展開のアイディアが閃き画材の準備と注文を行った


ロスト・ペインティング二月二十五日)

白と青白と黒二月二十六日)


わたしの作品をSNSで見て知ってる方や個展等で実際に見たことのある方はご存知かとおもうがほとんどの作品は黒色を使って描かれている

黒色は作品のトレードマークなのだ

鉛筆や墨、クレヨンや木炭で描いた構造物と風景の描写は構造物の形を最小限に留めている

記憶は幾重にも紙を張り合わせつぎはぎし既視感のある風景が普遍性を持ち郷愁を誘う

黒色の圧倒的な力強さを前面にした作風が特徴だ


二〇二四年十月

個展の数か月前から作品の行き止まりと手練れを感じるようになっていた

記憶と風景、黒色とコラージュという組み合わせをこれ以上続けていても発展は望めないかもしれないという危機が襲う

別の方法と態度で作品をつくれないだろうかと考えキャンバスに筆というオーソドックスなやり方で絵画をつくろうと取り掛かった

自分に近い直接的な体験を元に絵を描きたいという衝動から出発したのは新しいモチーフが必要だったからだ


女性とは何か。


始まりは自分自身の性別と身体をいま見つけることだった

人間とは何か、生命とは何か、生きるとは何か

描くうちに大きなテーマにつながっていった

風景を見て構造に惹かれた人間の振れ幅は人間を描くことで転換を遂げたのだ


キャンバスでメインにしたのは白色だ

黒色は断片的で曖昧な記憶をつぎはぎする色であり記憶を呼び覚ますための色としてあった

白色を使うようになって、記憶は呼び覚まそうとしても呼び覚ませないものとしてあることに気付いた


言葉が出ない

思い出せない

霧に包まれる


ミルク色の海に溺れる感覚

目の前を覆う靄、水蒸気の集積によって視界が霞み彷徨う恐怖

生理的老化と病的記憶障害、健忘症的な喪失が人間を取り囲む

不可避的な状況に直面したとき人間は何を拠り所にどのように生きるのか

生きていこうとするのだろうか、独りで


個人的な記憶の喪失、出自の喪失、故郷の喪失、アイデンティティやプリンシプル、ホームベースの喪失

いずれ来るいくつかの絶対的な喪失に対し徐々に失われていくさまを白色を使って描いている

白色はキャンバスの素地に収斂するように全体を染め包括する

個人の成長と発展の記憶が思い出せなくなるとき、わたしの所有物や物的なものが思い出せなくなるとき、老いや衰えに向かう生を想像し描く


老いや衰えはネガティブなイメージだろうか

白い靄がかかる前の霧がかかる寸前の人間の実感がどのようなものであるか

カタストロフィーを経た絵画は揺らぎの最中

動きをとめない


 

「ロスト・ペインティング」を読んでくれてありがとうございます


初期に感じたことを書いておくのは役に立つ

拙い文章だろうがメモだろうがなんだろうがいい、文章にして残しておく

文章を書きながら絵が進むこともあるし絵が進むと文章が的確になることがある

絵を描いて文章を書いてが同時に行えるブログがあってよかった


推敲を重ね絵をたくさん描き両輪で動かせば外部に発する必要のあることは何か

注力の先がわかるようになる

わたしは書いて理解したいし書きながら明確にしたいし整理したい

書けば人に聞かれて話せるし伝えられる

絵画も書いたことによって雑味が取れる

思考や絵のタッチが散らばらずに済む


絵画が方向を見失う時はテキストに戻りテキストが一人歩きしたら絵画を見て足元を確かめる

文章を書こうとすると気持ちが大きくなり無駄に難しくしようとしたり、理想に燃えて自分の絵から離れたり文学的になったり装飾的になったりするきらい(癖)がある(あるあるかもしれない)

文章にするのは見栄や欲張りや理想で語るのでなく描きたいものと何をつくっているかを素直に語ればいいのではないだろうか

語りの最後にで、だから何?が示されていれば文章を書くスタートラインに立てるのではないか

言うに易し

実際は書けないからもがいている!

筆が乗る日も乗らない日も一喜一憂せず長い目で見る


今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい春の一日になりますように

花粉症と感染性胃腸炎にはどうぞお気をつけください






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