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「必要」をつくる

毎日描かなければならない理由


ブログで閲覧数が多い記事がある

♦「毎日描き続けるために」2024年12月23日

この記事はドローイングを毎日描くためにしていることとできない理由を箇条書きにしたのだが平均よりよく読まれているそうだ

毎日描き続けたいとおもう人が多いからか、描けない理由も書いたからだろうか

この記事を深堀しながら人の知りたいことはなにか、その心理に迫りたい

・探求/Explore:自分以外の人の方法を知りたい
・期待/Expectation:特別な方法を知りたい
・共感/Empathy:タイトルが気になる
・疑問/Doubt:内容が気になる

「毎日描き続けるために」には毎日描けないという心情が隠されている

毎日描くにはほとんど訓練に近いけれど読む人は予め知っているのではないだろうか

だからこそ読みたくなるのかもしれない

毎日描かないとならないものだ。という暗黙の規範があるのかもしれない

記事には毎日描かなければならない理由は書いていない

理由はないが毎日の積み重ねがどこかにつながる。と考える人は多いとおもう

描く状況を崩さずコツコツと積み重ねれば誰かの眼にとまり努力は報われる。という考えに捉われる

絵を描く以外の方法で制作したものは作品ではないのか?と思いついたら、毎日描かねばならない理由の正体とつながった

手を動かしてどうにか芸術と制作の接点を保ちたい、だから描いている

自発的にする行為とは違う日課として描いている

描かなくても芸術との接点は切れないとおもうに至るのは芸術の範囲が膨張したからで、個人的に描くことにこだわるのは紙に提示する必要をつくりたいからなのだとおもったから

イメージに則らない作品がある一方で毎日描く「必要」を自分でつくっている

描く必要をつくって切れそうな芸術とわたしの接点を辛うじて保つ

しかしこれは芸術ではない、そうおもう、いや芸術であろうがなかろうがいい

これを求めることの根本をもっと先まで探してみないと、なのだけどわたしが芸術という言葉を使うときあまりに貧弱なものに変換されてしまっていてなんというか根本が違っている

だから毎日描くとか、何枚描いたとか、そういう発想そのものが違うし方向はそっちではない

うまく言えないが今日のところはここまでにして…だとしても描くことを止める理由にはならない


Megumi Karaaswa Blog.よく読まれている記事「毎日描き続けるために」について書いています
描く必要をつくる。=ドローイング

「「必要」をつくる」を読んでくれてありがとうございます


今は描いたものをスマホで映せばすぐに公開できるプラットフォームがある。けれど公開しない選択をした、ドローイングの画像一枚もないのに内容にリアリティを持たせるにはどのように書くか、わたしがほんとうに描いてるかどうかもわからないのにどこまで信ぴょう性を持った内容を書けるか、記しておきたかった

言葉を自分に引き寄せて、よく聞くフレーズとは異なる個人的なことを発する

一般的なハウツーは大勢に向けて書かれるが、個人ブログは伝える人の数は狭いし少ない

だからこそ生のままに大きくまとめず実感を基に書く、実験した過程をピン止めする

ピン止めした過程が生々しさを残すようにした、発展途上でいいから今言えることを書いた

生々しさがある方がのちのち制作のヒントなり考えのアイディアになるのだ

本のなかであれとこれがつながることもある

描く必要をつくる。=ドローイング

ブログを書いて初めて気付いたことだった

描く必要と描く必要のないものがあるとして、どちらも按配によって行き来する

他分野の本を読み、図録を読み、時代背景と照らしながらわたしがしている行為の違和やズレが気に障る、発想の根本・土台を壊したい…記事を書いて知ることができたことだった

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