どうしても知りたい
- Megumi Karasawa
- 1月11日
- 読了時間: 3分
某日、哲学を学びたくて入門書を頼りに読んでいる
リトアニア生まれのユダヤ人フランス語で批判を行っている哲学者エマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Lévinas1906 - 1995)「他者論」をどうしても読みたいという想いに駆られている
しかしどこでも充分に言われているように彼の著作はどれも超難解であり、なにも持たない状態で読むことはできないだろうことを想像し、読む前に哲学の入門書やレヴィナスについて書かれたもの、氏の本の解説や人となり・時代背景などを書いた周辺から読み始めた
レヴィナスは終生芸術にも強い関心を示した哲学者だという
氏の芸術論も知りたい、どんなことが書かれているだろう
入門書で手一杯になりそうだけど粘り強く取り組みたい
「学び」の糸にすがるように
並行して精神分析の本も読んでいる
去年の11月から「自他境界」「愛着障害」「境界性パーソナリティ」に関する知識を得たいとおもった
自分を起点に家族との関係がその後の人間関係に影響を及ぼす/及ぼさないという問題もフランス現代哲学のポスト構造主義で述べられていた
精神分析と哲学の関わり、交差について知りたくなったのだ
自分を鑑みること、自分を知ることは最重要でありながら実際は眼を背けていることばかりだ
自己憐憫に陥り抜けられず、冷静さには程遠い、しかし分析するだけの客観性を持ちたい
背景には自分の人生をよく生きたいという気持ちがある
自分に対する自己判断は保留しよう、なぜなら違う側面が見えてくるだろうから
違う側面って?…人間の正常/異常はどんな基準でどこに境界があるのだろうということ
どんな人でも何かしら人には理解できない・自分でも理解できない何かしらの壁を持っている
と仮定する
✕自分だけが苦しんでいるのではない→自分だけの問題ではない→だから我慢しよう
苦しみや問題をジャッヂしない
他者も自分も「問題を抱える自分というものがいる。」と仮定する
他者の抱える問題がどのようなものかはわからない、問題の内容ではなく問題そのものの解決のために学びがあり勉強があり人類の叡智がある
問題に翻弄されて自分を放棄しないため解決について語れる関係と学びについて、道が続いている
わたしは他者と透明な境界線を引くことを自分に与えた、そうしないと自分を保てなくなるからだ
物事に対して人に対して今見ているようではないようにものを見てみたいとおもっている
自分の見方はまだ柔軟に変化できるだろうか、可塑性があるだろうか

「どうしても知りたい」を読んでくれてありがとうございます
季節は冬、寒い季節は思考を深めるにはいい季節
意識が内に内にと向きやすい、年が明けてやっと落ち着いた生活
なんとか毎日書いて、ここに向かう
先は長い一日一日積み上げて明日につなげる
読むのと書くのを同じ配分でと試みているが、どうしても読む時間が多くなる
読む時間が多くなるのは自分で考えなくてもいいからなんだよね、スキマを埋めている。ということもある、自分で考えるってなかなか捗らないから読むことに意識が向いてしまう
書いて読むのがいいのか
今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように
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