努力を求めて
- Megumi Karasawa
- 1月3日
- 読了時間: 5分
よく学びたい
某日、ブログの内容を充実させるにことについて考えている
正月に思うことは「よく学びたい」ということだった
千葉氏の本を読んだことも少なからず影響している
専門的に勉強をしてみたい、独学で自分の勉強を定着していきたい、これが目標だ
勉強して得たことは還元したい
ー「ブログ継続5つのコツ」2024年1月2日より
「よく学びたい」=「ブログの内容を充実する」という根拠に基づく
学びとは勉強をするということだ
何を勉強するか
何を学ぶか
その先の願望
について考えてみたい
そもそも何を勉強をしたいかということを明らかにしたい
わたしには問いがあり知りたいという欲がある
問いがうまれるのは絵を描いているとき、問いがどこから来たのかを知るのが勉強という感覚がある
さらに現実社会で勉強は身を守り身を助ける。ということはここ数年、とくに去年ものすごく実感した
シンプルに言えば知っていることが多ければ突発的に起きる出来事に対処できるということだ
その出来事を正面以外からも考えることができるのだ、切り口を多く持つ
物事はほとんど予想外に突発的に脈絡なく起きている
自分にとって不都合なこと、ショッキングなこと、予想していたことが当たってしまったとき、それに直面するとうろたえてしまう、ぶるぶる震えてパニックになる、指先が震える、唇が震える、背筋がぞわぞわする、身体的反応が出るのだ
そうなったとき、いやそうならないようにある程度の浅くでもいい、多くの分野に精通していればー平たく言えば勉強していれば目の前の現実に対しそこまでのパニックになる必要もない、自分を放棄するような選択は取らない、その状況に流される。ということはないのではないだろうか、なる。と考える
どんなに自分の信念を持っていても自分の芯と言える私的な信条を持っていても役に立たない。ということが実際にあるし、あったときどうしますかということだ
足元がぐらぐらと崩れる衝撃的なことが起きる、小さいものから大きなものまで
そのとき主観的な信条以外があるかないかが問題になってくる
わたしは私的な信条以外には「勉強」「学び」があるかないかが分かれ目だと実感したからだ
1.何を勉強するか
その上で人文科学系、語学・言語学系統、形式科学、社会科学に興味がある
高校生の頃に知った「哲学」はこの中でも最初に勉強したい分野だし、生まれ変わったら「哲学者」になりたいとおもっていた
哲学は難しい概念を取り扱い難しい哲学的単語が出てくる、当然ながら読み進められない
専門書は読んだことがない、入門書から始めていけばいい、わからないことを楽しむ勉強がある
現実生活で自分のメンタルを整えるのには「心理学」「行動科学」「精神分析学」は外せない
ざっと見渡して興味ある分野はわたしの生活や特質・生活に直接・間接的に関わるものだ
学ぶことは自分が生きることに直接・間接的に関わる、城壁の中にあるものではない
2.何を学ぶか
わたしは学ぶことに目的や目標を設定してゴールを目指すことはしないでおきたい
学ぶことがしたい、それだけでいいとおもっている
目標や目的は達成されないといけないような気になる、それだけが勉強ではない
自分が満足いくまで大いに学びたい、それだけだ
わたしはこの分野から学びたいことはそうだな…どうやって生きるか、ということなのかもしれない
何を学ぶか→どうやって生きるか
学び続けることは生きることだ、学びを止めるタイミングはない、どう生きるかと問い学びそう生きる
強制されてする勉強は終わ独学ですることに面白さがある、その面白さを一日一日続ける幸福というものがある
3.その先にある願望
学びの先、勉強の先にあるものが何か知らない、知らないからこそやってみる
知っていたら面白くない、わたしが学んだ先にある願望はそれを還元したい
ブログでもいい、作品でもいい、行動でもいい、発言でもいい
還元先はいくらでもあると仮定して大いに学びたい
本を書きたい、それも還元のひとつだ

「努力を求めて」を読んでくれてありがとうございます
毎日書くことがまあまあ当たり前のように定着してきたにつれて、今度は「内容」を深めたいおもいが強くなる、書くことをもっと自分に引き寄せたいのだ、書くだけ。から次のステップに入りたい
それには量が欲しい、文量が欲しい、文量は文章を細かく丁寧に深めると増えるのだった
そうすると文章を構成し構築していく技術が必要になる、ただ連ねる。からわかりやすく整理し人に伝えるために書く。というフェーズになるのではかろうか
ブログの内容を細かくする
ざっくりしたもの大雑把なものを適切なところで丁寧に説明したり広げていきます
これを料理で表わすと料理にあった素材の大きさがあるものです
料理本には切り方の指示がある、野菜には素材の性質や調理法にあった切り方があるというものだ
というように文章にも大きさが必要だなとおもうのだ、その大きさはあるときは均一、あるときはそうではない方が美味しいものができる…この感覚を持つとブログひとつがひとつの料理だとすると、素材の大きさをどうするか、どんな切り方をするか(切り揃えるか、どんなサイズでつくるか)素材は何種類使うか…をベースに書いてみると文章がただ書き連ねる。ということから解放される
といえば食物学も学びたいとおもうのだった、その前にやはり「衣食住」は学問に通じて衣食住は
学問に通じるのだった
美味しい料理をつくりたい、その欲求はどの分野にも言い換えられる
今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように
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