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筆は重く、心は揺れる。



個展に向けての制作、実は順調ではありません。  「描いても、描かなくても同じではないか?」  そんな葛藤と、筆を持つ手が重く感じる日々のこと。作品の裏側で繰り広げられる、私自身の苦闘を正直に書きました。  このブログが、作品の新しい見方になるかもしれません。ぜひ読んでみてください。
制作の裏側。

個展に向けて制作は続いています、しかし、順調に進んでいるわけではありません。

今日は、正直に、アトリエでの苦闘についてお話ししたいと思います。


「描いても、描かなくても同じではないか?」


以前のブログで、過去の作品に加筆を施すことで、作品が進化していく様子をお話ししました。しかし、その裏側には、筆を持つ手が止まってしまうような、深い葛藤があります。


「加筆すれば、必ず良くなるのだろうか?」良くなると思って筆を取った、というのに。

「以前の作品の良さを、失ってしまうのではないか?」以前の作品にも加筆後の作品も魅力が見つからない。


そんな小言が頭を駆け巡り、筆は重く、思うように手が動きません。

「描いても、描かなくても同じではないか?」という消極的な声が、何度も聞こえてくるのです。


その中で見えてくるもの


それでも、状況を打開するには筆を進めるしかありません。いかようにもなるのです。

私は筆を握り、キャンバスと向き合い続けます。これは、自分自身の小言(ノイズ)と忍耐の時間です。


一度塗った色を消し、せっかく加えたマチエールを削り取ってしまうこともあります。

それは、作品の可能性を探求しようとする私の抵抗の表れでもある、といえばそうかもしれません。しかし暫定的に「これでいいや」と手放した作品に対する後悔や羞恥の気持ちを消し去りたいという表れでもあります。


そうした複雑さの末に、予想もしていなかった色が生まれる瞬間や、偶然の線の重なりが、作品に新しい意味をもたらすことがあります。


この加筆のプロセスは、まるで過去の私と現在の私が、一枚のキャンバスの上で迷い、右往左往しているかのようです。加筆前には存在しなかった「激しさ」が、加筆後の「葛藤」や「動き」と重なり、より多層的な意味を持つようになっていく。

その時、作品が私自身の迷いを乗り越え、新たな表情を見せてくれるのだと気づくのです。



葛藤の先


この時間は、作品をより深いものにするための、避けられないプロセスです。

個展では、完成した作品が皆さんの目に触れますが、その作品の一つひとつに、このような葛藤の歴史が宿っています。このブログを通して、作品の裏側にある生々しい営みを感じていただけたら幸いです。

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