top of page

自分が自分を運ぶ

歩くこと


ここに何度か書いているけれど毎日の車移動を徒歩に替えて一日100分上は歩いている

徒歩をマストにしたところ健康的な生活を営む基準が出来上がりつつある

朝は歩くために30分早く起き家事を先延ばしにせずにどんどんこなす

夕方は20分早めに仕事を終わらせて歩く

歩きながら距離と時間は体感時間とは異なることがわかってきた

もともと自分に備わる最適なスピードというものがあって自分が心地よい速度はストレスフリーでリラックス効果があるとわかってきた

等身大の自分

目の高さで街を見る

近道や回り道、細道も路地は面白い程つながって頭の中でルートをどんどん更新する

間違いはエラーではなく経験として蓄積し自分が住んでいる街の生きた情報を手に入れる

大通りしか通れない車の不便さが浮かび上がる


歩きながらもっと人は歩いたらいいのに、とおもう

毎日地面を踏みしめて足の裏で歩く心地よさを感じたらいいのに、とおもう

自分がここにいる。という自覚、自分が自分を運ぶ。という責任、自分を動かして外部とコミットメントする。という衝動

自分を動かすのは自分。というシンプルな事実に行き着く

例えば海外に行きたいとおもったら自分で自分を動かさないとならない

誰かが連れて行ってくれるわけではない

自分がそこに移動する

自分が動いて、自分を運んで、そこに行く

海外という大きな移動でなくても、日常生活でも同じこと

どこかに移動するときに自分が自分を運ぶ。という発想で移動に徒歩を加えてみると面白い

そこに行くために必要なのは車でも自転車でもタクシーでもなく、歩くということ

といっても距離が長ければ交通手段を選ばなくてはならないが…

可能な範囲で歩くといい


何も考えず歩くことに集中する

ひとつのことに集中し黙々と足を動かす

動きながら動いていないような不思議な運動をしている、とても自然な運動

ある人が「苦手なことも10分はやってみよう」と言っていたのを思い出す

歩いているとそれほど重要でないことを思い出すものだ


「全員に好かれることはできない」

「何をしても文句を言う人はいる」

「完璧な人はいない」

「自分の居場所がどこかにある」


よく聞く慰めの言葉をつぶやきながら、わたしもその言葉で自分を慰める

慰めて欲しいとき、同情して欲しいとき、温かい言葉が欲しいときがある

まだ言葉にできない何かが芽生えている

この芽生えが自分で物事を冷静に落ち着いて考えるように促す

歩くことに含まれるのは思考を解すこと

つまり身体を動かしながら思考そのものを転がし解しやわらかくする

知的生産は思考と身体の有酸素運動の連動によって達成する


 

「自分が自分を運ぶ」を読んでくれてありがとうございます


古代ギリシャ以来の哲学の歴史で「徳」と呼ばれる性格や人柄とは何であろうか

「知性的徳」

「知性的徳」は現代では「徳認識論」として研究されていると知った日

アート×哲学、アート思考

ロシア作家、シクロフスキー

「具体美術(art concret)」

バドミントン

今日もおつかれさまでした、明日も素晴らしい日になりますように





Comentários


bottom of page